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震災が有った日  

<阪神大震災>被災14年 7千本の灯ろうに「希望の灯り」


この日が来るのが、

とうとう、

何でも無く成りました。睡眠は普段と同じでした。




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でも、(個人的な)準備はしています。

来て欲しくは無いですが。。




本当に大切なものに誰もが気づいたのでしたが、今、それがどれだけ「活かされて」いるかが疑問です。




NET上のバーチャルな砂上の繋がり等では無く、実世界での人と人との繋がりが大事に思う。

お互いに住所も名前も知らない知らせない関係では役に立つ筈も無い。例えて言うなら、少なくとも最低年賀状をやり取りし、折に触れ電話等でも親しく話している程度の繋がりで無ければ殆ど意味は無い。
(と言っても、そうで有っても場合によっては悪しき関係も有りえますが)



実世界繋がりが有った上でのNET繋がりでなければ。


実世界が伴わない関係には頼りなさを感じています。
特に、こうした震災等には。。




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 6434人が犠牲になった阪神大震災の被災地は17日、発生から14年の朝を迎えた。あの日の傷跡を街に見つけるのは難しい。平成生まれが新成人となり、震災を知らない世代も増えた。その一方で、震災で後遺症を負った「震災障害者」の多くは十分な支援を受けられず、暮らしの不安を訴えている。隣国に目を転じると、昨年5月の四川大地震の被災地では、いまだに多くの被災者が仮設住宅で暮らす。本当の「復興」とは何か。国境や世代を超え、教訓をどう伝えるのか。震災は多くのことを問いかけ続けている。【震災取材班】

 神戸市中央区の東遊園地では、同市などが主催する「阪神淡路大震災1・17のつどい」が開かれ、早朝から約5500人(午前7時現在)が訪れた。週末で好天にも恵まれたためか、昨年より約1000人多かった。

 「1・17」の形に並べられた約7000本の竹灯籠(とうろう)に、公園内の震災モニュメント「1・17希望の灯(あか)り」の炎が移され、風に揺れる炎が夜明け前の空を赤く照らした。地震が発生した午前5時46分、参加者は静かに黙とう。犠牲者への祈りをささげた。

 続いて犠牲者の名前を刻んだ「慰霊と復興のモニュメント」前で、遺族代表として、母親(当時62歳)を失った神戸市嘱託職員、田中千春さん(53)=同市東灘区=が追悼のことばを述べた。田中さんは避難先で被災者同士が助け合ったことを振り返り、「人間にとって何が一番大切かを学ぶことができた。この震災を後の世代に伝えなければならない」と訴えた。

 兵庫県などでつくる「ひょうご安全の日推進県民会議」も、正午前から神戸市中央区の「人と防災未来センター」で「1・17のつどい」を開催。「1・17ひょうご安全の日宣言」が読み上げられ、参加者は、さらなる教訓の発信と防災、減災の取り組みを誓った。

 また、西宮市役所などから人と防災未来センターまで歩く「1・17ひょうごメモリアルウオーク」も県民会議主催であり、参加者は復興した街並みを眺めながら震災当時を思い返していた。
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by uncle-mac | 2009-01-17 17:01 | 写真日記
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